テニスを初めて3年のひろみは、宗方コーチの指導でめきめきと上達し、日本ジュニア選手権に優勝するまで力をつけていた。その一方、自分の死期を間近に感じている宗方仁は、少しでも早くひろみを親友の大悟に会わせたいと思っていた。
 翌日、竜崎理事の家でミーティングが行なわれ、西高関係からアメリカ遠征に選抜された選手が集められた。もちろん、宗方コーチも主任コーチとして遠征に参加することになっている。遠征出発は1月15日。宗方コーチがひろみに与えた練習スケジュールはかなりハード。その上、ひろみは渡米までの毎日、麗香と試合をすることになったが、なかなか勝てない。ひろみのがんばりに負けないよう、麗香も1000本素振りのトレーニングを行っていた。
 クリスマスには、西高テニス部とOBのクリスマスパーティーが開かれ、ひろみのジュニア選手権優勝と、アメリカ遠征チームの選抜の祝賀パーティーも兼ねられていた。しかし、ひろみが一番優勝を祝って欲しい宗方コーチは、最後までパーティー会場に現れなかった。
 そして、宗方は久しぶりに親友の大悟と再会を果たす。ちょうどそこへ、宗方を訪ねたひろみは大悟と出会い、「ふたりを会わせたい」という宗方の念願が叶った。
 その夜、宗方は倒れ入院。翌朝、ひろみは藤堂からその事実を聞かされるのだった。

 ひろみは、宗方が入院する病院へ急いだ。病室に付くと、ベッドで眠る宗方は普段の全く別人のように思え、ひろみは涙をこぼしていた。そんなひろみに気づき、宗方は早く練習に戻るよう喝を入れ、「入院はただの過労、一週間で退院できる。」とひろみに話す。
 宗方は藤堂を呼び、自分の病気が骨髄性白血病で長くないということを告白し、ひろみのことを頼むと…。そして、大悟にも手紙で最後のお願いと、ひろみの将来を託すのだった。
 その後、再び開かれたミーティングで、ひろみは5年前の出来事を知ることになった。宗方仁と桂大悟が最強の若手ホープと言われていたこと。そして、宗方はテニスの練習中に倒れ、そのまま引退し、桂大悟もその直後、行方不明になり事実上引退となっていたのだ。
 渡米を一週間後に控え、まだ退院をしない宗方。心配になったひろみは宗方の所へ向かうが、面会時間は終了していて病院に入れない。そして不安で、どうしても宗方に会いたいひろみは帰ることができなかった。雪の中、外に立っているひろみに気づき、宗方がひろみのところへ…。そして、ひろみに一週間の入院と嘘をついたことを謝り、一緒に渡米できなくなったと伝える。
 アメリカ遠征への出発報告に来た選手団は、世界のパワーテニスを学んで来いと宗方にエールを贈られ出発した。そして、ひろみを乗せた飛行機が離陸した直後、宗方は息をひきとってしまった。

 宗方の死を知る由もない選手団は、ニューヨークに到着。練習が休みの1日目は、街の観光を楽しんでいた。一方、日本では宗方の葬儀が執り行われた。
 世界各地から実力のある選手が集まり、ニューヨークでの練習が開始された。ひろみは麗香との練習中、クラブハウスに呼ばれオーストラリアのレイノルズコーチと対面。そして遠征の期間中、ひろみのコーチをレイノルズが務めるというのだ。コーチは宗方だけだとひろみは申し出を断ろうとするが、レイノルズは宗方の現役時代からの友人で、宗方からの依頼でもあると聞き、宗方が来るまでの間レイノルズにコーチをお願いすることになった。
 ひろみにとって今回の遠征がとても重要なものだけに、ひろみがニューヨークから戻るまでの間、宗方の死をしばらく内密にしてほしいと、大悟は竜崎理事長にお願いした。その決定を報告する電話を聞いてしまった藤堂は、宗方コーチの身に何か起こったことを察した。遅れてニューヨークへやって来た新聞部OBの千葉を出迎えた藤堂は、千葉から無理矢理宗方の死の事実を聞き出したのだった。
 トーナメント形式の練習試合が行なわれることになり、対戦相手が決まった。ひろみの対戦相手は、世界的天才プレーヤーと呼ばれるアメリカのマリア・ヤング。ひろみはマキに国際電話をかけ、トーナメントでマリア・ヤングと対戦することを話し、宗方コーチの様子を聞く。本当の事を言えないマキは、親友につかなければならない嘘に苦しんでいた。
 そして、マリア・ヤング戦の日がやって来た。ひろみの調子は絶好調。初戦を勝利で収めた。

 遠征チーム選手団の中で、ただ一人宗方の死を知ってしまった藤堂は、トーナメント戦で、力を出しきれず苦戦していた。
 ひろみはレイノルズコーチの特訓で調子を上げ、準々決勝まで勝ち進んできた。準々決勝の組合せが決まり、アンジー・レイノルズと対戦することになった。アンジーはレイノルズの娘で、ひろみのコーチをするまでは、アンジーのコーチでもあった。その父、レイノルズを取り戻すため、絶対に勝つと闘志を燃やしている。
 麗香は近況報告にかけた父との電話で、宗方コーチの死を知ってしまった。尾崎もまた、藤堂の様子がおかしいことに気づき、「宗方コーチの様態が悪いのではないか」と感じていた。そんな時、麗香の電話を聞いてしまい事実を知ってしまったのだ。ひろみに気づかれまいとする3人は、細心の注意で平静を装っていた。宗方の死を知らないひろみは、宗方へのお土産に心をこめてマフラーを編んでいた。
 そして、準々決勝。アンジーの父を取り戻そうとする気迫は、周囲にも伝わるほど凄い。だが、ひろみも負けてはいられない、宗方の言葉を思い出し全力を尽くす。

 遂に決勝戦まで勝ち残った、対戦相手はアメリカのテニス界次期女王候補、18歳にしてすでに世界ランカーであるベル・マッケンジー。宗方にメダルを見せる為、そして誉めてもらう為、どうしてもメダルを手に入れたいと思っていた。ひろみは自分のペースを作り、相手のペースを崩している。しかし、試合中に膝を痛め負けてしまい、準優勝の銀メダルが贈られた。
 そして日本へ帰国する日がやって来た。見送りに来たアンジーとレイノルズコーチに別れを言うひろみ。レイノルズコーチが「親愛なるひろみ…。」と別れの言葉を継げる。その言葉を聞きアンジーは、ひろみの身に何か大変な事が起こったのだと直感した。何も知らないひろみは、機内で最後の安らぎの眠りについていた。宗方コーチの夢を見ながら…。
 日本に到着したひろみを、出迎える両親と親友のマキ。うれしそうに車に乗りこむひろみ。これからひろみに襲いかかる苦しみを知る誰もが胸を傷めていた。
 「宗方コーチの家に来るよう、大悟から連絡があった」と聞いたひろみは、宗方コーチに会えると銀メダルとマフラーを手に、宗方の家へと向かった。もちろんそこにある事実などは想像もせずに…。
 宗方の家に着くと、大悟が出迎えた。そして見せられた日記には、宗方のすべてが書かれ、最後のページには「岡、エースをねらえ!」と書き残されていた。

 とうとう宗方の死を知ってしまったひろみ。会えると信じていただけに、現実を受け入れきれない。いつものようにトレーニングに出かけるひろみは、テニスコートで蘭子に会う。蘭子もまた、宗方の死を乗り越えられず苦しんでいた。打ち合うふたりはテニスになど集中できず、宗方の影を追っていた。ひろみを心配するマキは、トレーニングに向かったひろみを探しに行くが、思った以上にひろみは元気だった。無理に明るく振舞って…。
 気分転換にマキと行った遊園地から帰ると、まったく口も聞かず、食事もとらなくなってしまった。毎晩のように宗方の夢を見るひろみは、魂を抜き取られた抜け殻のようになっていた。
 アメリカ遠征に行った西高OBは、帰国報告をしに宗方の家を訪れた。その時、宗方の祖父から「宗方が育てるに値する選手に出会った時、その選手を大悟が育成すると約束を交わした。そして、大悟は修行僧として寺にこもったのだ。」と聞かされる。
 宗方コーチの本葬に来たひろみは、銀メダルを宗方に見せた。いままで押さえていた感情が溢れだしたひろみ。そんなひろみを見るのは、ずっと見守ってきた人達にとって、いたたまれないほど辛いものであった。
 そして、気分転換に家族で旅行に行くのだが…。

 蘭子は宗方の墓の前で、渡すことのなかったラブレターを燃やし、その上、大切なテニスラケットまで焼いてしまったのだ。宗方に憧れ、恋し、テニスを続けてきた蘭子は、宗方の死によってテニスを捨てようとしていた。そしてひろみは、旅行先でも食事もとらず、海ばかり見ていた。ひろみや蘭子にとって、宗方の存在は大きすぎ、心の隙間を埋めることができないでいたのだ。
 「死んでしまいたい…。」とまで言い出すひろみに、大悟は「寺に預からせてほしい。」と両親に申し出た。もしかしたら、慟哭の時期にあるひろみを救えるのは、同じ慟哭を経験し立ち直った大悟だからこそ深い悲しみも、苦しみも理解できるのかもしれない…。
 両親は、大悟にお願いしようと決意するが、「私が、どうしてお寺に行かなければならないの。」とひろみは拒否し、「私のコーチは宗方コーチだけよ!」と言い放つ。
 藤堂の言葉に動かされたのか、最初はお寺に行くことを拒んでいたひろみだが、「どこにいても同じだから…。」と大悟の待つお寺に向かうことになった。しかしお寺に着くと、ひろみを迎えた大悟は、いきなり頭から水を浴びせ、滝の中へ放りこんだのだ。
 「私はどうしたらいいのでしょうか?」とひろみが大悟に尋ねる。そして、大悟の話しを聞くひろみに、一寸の光が…。

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